自分の非力さを知る

先日お声がかかって、母・姉揃っての1年ぶりの外食・・・母のなじみのお店で美味しいランチをご馳走になりました♪ 姦しい3人、舌が似ているもの同士で食べるごはんは話題が尽きず、久しぶりにお腹がよじれるほど笑った、笑った・・・「ザクロ」(日本橋)
先日お声がかかって、母・姉揃っての1年ぶりの外食・・・母のなじみのお店で美味しいランチをご馳走になりました♪ 姦しい3人、舌が似ているもの同士で食べるごはんは話題が尽きず、久しぶりにお腹がよじれるほど笑った、笑った・・・「ザクロ」(日本橋)

 

この2か月・・内省の時間にあてて

たくさんの大切な気づきを受け取ってきました

 

 

その中でも一番大きな気づきは

自分の非力さに気づくことでした

 

 

周りからは一見、わたしは

何でも持っているように観えるようです

 

 

わたし自身も

どれが自分のもので、

どれが人からもらっているものなのか・・

今から思うと・・ちょっと誤解していたというか

わからなくなっていたところがありました

 

 

でも、

自分がいかに小さく、弱く、非力であることかを知ることで

無いものは無いとして

 


じゃ、どうするか・・・

 

 

カッコつけることはやめて

潔くその非力さを現していくこと・・・


 

人にお願いしていくこと

 依頼する、ちゃんと甘える・・ことの大切さを

ここにきて再確認できたように思います



赤ちゃんが

素っ裸で生まれ落ちてくるように

 

 

非力であるからこそ、

はじめて人は手を差し伸べてあげよう

お世話してあげなきゃと思うわけで・・・

 

 

その非力さゆえ

周りからパワーが与えられて・・

 

 

つい、こんな大人になってまでも、わたしは持っていないのかと

情けないなと、泣けてくるのだけど・・

 

 

わたしはこれなんだと

自分の輪郭がくっきり観えてきたとき

 

 

生きるために必要なパワーを与えてくださる方々に

感謝していくことの大切さを感じつつ

そこから再スタートを切ることができたように思います


 

ある方がおっしゃっていました

「そして、それもあなたのパワーなのですよ」と

 

 

「あなたに引き付けられてきた人たちの力も

あなたの持ち物なのです」と・・・

 

 

言われたときは まだうまく呑み込めなかったのですが

ほんとうに

そういうものなのかもしれませんね・・

 

 

人間というのは、自分本体だけでなく

自分の磁力でもって引き寄せた細かい粒子・・



周りに纏っている空気感ごとふくめて自分なんだと

自分自身のことを通じて、

その意味が深く深く落ちていくのを今、感じています